もう僕は迷わない!

導かれるままに一本道を歩いて行く

エビデンスのある人生訓!?

エビデンスのある生き方とは?

エビデンスの意味というとウキペディアでは、

エビデンスとは、証拠・根拠、証言、形跡などを意味する英単語 "evidence" に由来する、外来の日本語。一般用語として使われることは少なく、多くは、以下に示す分野における学術用語業界用語としてそれぞれに異なる意味合いで使われている。

エビデンス - Wikipedia

と説明されています。

 

ここで私が言うエビデンスのある人生訓とは、エビデンスのある人生訓とは?】=【根拠のある人生訓とは?】という意味です。

 

参考までに、エビデンスの意味を別の辞書からも載せておきます。

▼ ▼ ▼

e-words.jp

 

私はこのエビデンスのある人生訓】を【人生の羅針盤】と捉えています。(つまりは真理。)

 

何が正しいのか曖昧で、複雑に情報が溢れ、混乱と混沌が入り交じっている現代、科学的な統計やデータの根拠に裏打ちされた、裏付けのある人生訓や生き方を自らの羅針盤にしたい!と思うのは私だけでしょうか・・・・。

 

私はずっと無我夢中で生きて来ましたが、最近、「今まで自分は何を追いかけて生きて来たのだろう?」というものに対する答えが、薄ぼんやりと見えて来ました。

 

そんな事をこれから語って行きたいと思います。

 

人生訓の2つのパターン

 ちまたの人生訓本には2つのパターンがあるような気がしていました。

 

ひとつは、「著者の個人的な経験」から、「私がこうやって成功したのだから、同じようにすれば良い!」的なもの。

 

もうひとつは、「歴史や哲学、あるいは宗教などを根拠」に、「お釈迦様あるいは神仏やイエスやアラー、その他諸々のスピリチュアルなものがこう言っている!」的なもの。あるいは、「こんな時に有名な武将はこうした!またはこう言った!」的なことを説くもの。

 

「幸福になれる!」とか「人生うまく行く!」的な本の多くは、だいたいこの2つに分類されないでしょうか。

 

しかしながら、今まで読んでみても、その人生訓や生き方には「再現性」や「普遍性」というものをそもそも私達は求めたでしょうか?

また、その人生訓や生き方が「再現されなかった場合」でも文句を言わない!・・・これが暗黙のルールだったのではないでしょうか。

 

しかし、時は情報時代に入り、科学も進歩しました。

心理学も今年から国家資格になります。介護・福祉の世界も根拠のある介護を謳っています。そしてその必要に迫られて、心の世界も根拠のあるサービスを求められ、国家資格化しました。

 

時代はエビデンスを求めている

根拠の無いサービス、根拠の無いデータ、根拠の無い情報はどんどん無価値化していきます。 

 

私達は今、そういう時代に生きています。

 

生き方や人生訓も今までは単なる経験則的な、根拠の無い故人の言葉や有名人の言葉でしたが、現代はそうした根拠の無いものを必要とはしなくなって来ています。

 

根拠の無いものはこれからはどんどん淘汰されて行き、心の世界同様生き方や人生訓もエビデンスのある生き方や人生訓が求められて行く時代になっていく・・・生き方や人生訓もそんな時代の波の例外となることはもはや無いでしょう。

 

こんな時代だからこそ、私はこうした時代の流れを今は見極めたい!と考えています。 

 

そしてここからが本題なのですが、私も今までの自らの人生を振り返って、様々な出来事のエビデンスを探って行きたいと考えています。

 

それが私が生まれてきた証になっていく気がするからです。

次の時代の礎になれれば幸せです。